映画監督 福永壮志さん「異文化を知り自分を知ることが人生の糧になる」

ニューヨークで活躍する
日本人映画監督インタビュー

リベリアのゴム農園で働く主人公が、自由を求めて単身ニューヨークに渡り、移民の現実を目の当たりにしながら葛藤する姿を描いた『リベリアの白い血』。作品はベルリン国際映画祭パノラマ部門に正式出品され、カンヌ国際映画祭が実施する若手監督育成プログラムに選出されるなど、欧米を中心に高く評価されています。(関連リンク 『リベリアの白い血』)

メガホンを取ったのは、北海道出身の日本人・福永壮志監督。福永監督は現在ニューヨークを拠点に活動し、長編デビュー作となる本作をきっかけに大きな注目を集めている期待の新鋭監督です。「もともと英語は嫌いだった」と話す福永監督ですが、どんなきっかけでアメリカに渡る決意をしたのでしょうか? その歩みと、作品に込めた思い、留学経験から学んだことなど、たっぷりお話を伺いました。

 

異なる価値観や文化に触れるため、アメリカ留学を決意

 

――福永監督が映画製作に興味を持ったのはいつ頃からですか?

 

高校生の頃から映画は好きでした。影響を受けた作品はたくさんありますが、その中でも高校2年生のときにビデオを借りて観た『2001年宇宙の旅』には衝撃を受けました。内容は理解できなかったんですけど、すごいものを観たな、と。それをきっかけに、どんどん映画にのめり込んでいきましたね。

 

――そうなんですね。福永監督は高校卒業後にアメリカへ留学していますが、やはり映画の勉強をしたいというのがきっかけだったのでしょうか?

 

いえ、初めからそう思っていたわけではないんです。日本は「こうじゃなきゃいけない」「こうしなきゃいけない」という固定概念が強いなと思うことが多くて、僕はそこに生きづらさや息苦しさを感じていました。

高校3年生になって自分の進路を漠然と考えたときに、日本とは違う価値観や文化に触れたいと思って、それで留学しようと決めました。行くなら一番多様性があるアメリカが手っ取り早いと思って、行き先をアメリカにしたんです。

 

――初めから映画ありき、ではなかったんですね。

はい。日本の大学は入る前に受験する学部を決めなきゃいけないですよね。でも高校3年生なんてまだ子どもなので、自分が何をやりたいかなんてわからないんですよ。自分の実力に見合った偏差値で、自分の興味の有無は関係なく“行ける大学・学部を狙う”ということに疑問を感じていました。

その点、アメリカの大学は入学後に少しずつ自分の興味があるクラスを取ってメジャー(主専攻)を決めていくというやり方だというのを知って、すごく理にかなっていると思いました。それも留学を決めた理由ですね。

 

――なるほど。その頃は普段から英語の勉強はしていたのでしょうか?

 

留学しよう! と思ったのは本当にいきなりのことだったので、英語は話せなかったし、むしろ嫌いでしたね。「なんで日本人が英語を勉強しなきゃいけないんだ」とひねくれたことを言っていたぐらい(笑)。

でも、留学するからには当然英語を勉強しなければいけないということで、高校卒業後に秋田県雄和町にあるミネソタ州立大学秋田校(現在の国際教養大学の前身。2003年閉校)という英語学校に入学しました。そこで約1年間英語を勉強した後、アメリカに渡り、秋田校と提携しているミネソタ州の大学に入りました。

 

――初めはミネソタで生活をされていたんですね。留学先の大学ではどのようなことを学びましたか?

 

入学後は、興味のある写真やアートのクラスを取っていました。向こうの学生って、すごく自由なんですよ。自分の作品に対して自信満々で、発表するときも恥ずかしさみたいなものが全くない。

日本にいた頃は誰もがアーティストになれるわけじゃないと思っていたけど、彼らを見て「こんな風にアートって思いきりやっていいんだ」と、完全に見方が変わりました。それなら自分もずっと好きだった映画を撮ろうと決めて、ミネソタで2年勉強した後にニューヨークに移ったんです。ニューヨークでアーティストビザを取得し、映像系の制作会社に就職して2年ぐらい働きました。それ以降はフリーランスで映画を撮っています。

 

 

アメリカでは自己主張をしなければ置いていかれてしまう

 

――実際にアメリカに住んで現地の方と話してみて、発見したことや苦労したことなどはありましたか?

 

秋田校で学んでいたとき、先生はアメリカ人で英語だけを話すクラスでした。とはいえ、日本に住んで日本人相手に英語を教えている先生なので、日本人のアクセントに慣れてるんですよね。ネイティブじゃなくても英語が通じるので、日本にいたときは「これなら喋れるな」と思っていたんですが、ミネソタに行ってネイティブの人と話したら全然通じない。そのとき自分の英語が通用しないことにハッとしました。相手の言っていることは大体わかるけど、スピードも速いし、慣れるまでは大変でしたね。

 

――言葉の壁があると、周囲との関係にも影響しそうですね。

 

よく言われることですが、日本では一人ひとりが周りに気を遣って発言したり、発言を控えたりするじゃないですか。でもアメリカでは、自己主張をするのが当たり前。そこから物事が進んでいくので、自分から前に出なかければ置いていかれてしまうんです。

留学してしばらくはそれに慣れなかったので、周りからは「静かな奴だ」と思われていたと思います。もともと口数が多い方じゃなかったので、アメリカに行ってさらに少なくなってしまいました。腹を割って話せるような友達も最初はなかなかできなかったです。

 

――『リベリアの白い血』の中でも、リベリアからニューヨークへ渡った主人公・シスコが戸惑いを感じる姿が多く描かれています。監督自身の経験と重なる部分もあったのでしょうか?

 

そうですね、特別意識はしていませんが、自然とそうなっていた部分はあると思います。どうしても表現というものは自己投影されるので。離れた場所で生活することの難しさとか閉塞感、孤独感のようなものは作品に出ていたと思います。

 

 

――作中でシスコはニューヨークに渡ってタクシードライバーの仕事に就きますが、この職業を選んだ理由はありますか?

 

ニューヨークという街には、「何か成し遂げたい」「より良い生活を目指して」と思いながら世界中から移民が集まってきます。僕が普段生活していて、その人たちと直接会う機会が多いのがタクシーの中なんです。街中でタクシーを捕まえて乗ると、大抵の運転手が移民です。

車に乗り込んで話をしているうちに、家に帰るまでの間にすっかりその人の身の上話を聞いていたということもよくあります。現地に住む人間として移民と交流する場がタクシーの中だったので、自然と主人公もタクシードライバーになりました。

 

――さまざまな国籍や立場の乗客を乗せているシーンが印象的で、いろんな価値観を受け入れるというニューヨークを象徴しているように感じました。

 

そうですね、ニューヨークの多様性というのは僕自身いつも刺激を受けていますし、そういう意味でもタクシーのシーンは描きたかった部分です。

 

 

アメリカに渡って持てる視点が増えた

 

――現在はニューヨークを拠点に活動されていますが、日本から出て良かったと感じる点はどんなところですか?

 

日本は島国なので、ヨーロッパや南アメリカのように陸続きで他の国の人や文化にふれることができませんよね。インターネットで調べて、映像を見て、写真を見ても他国のことは理解できませんし、旅行で行ったとしても、やっぱり住んでみないとわからないことはたくさんあります。

海外留学や海外生活をすることは、異文化を知るためだけではなくて、日本とか、日本人とか、自分というものを客観的に見て理解するためにもすごく大事なことだと思うんです。僕は一回離れたことで、日本の良いところに気づくこともできたので。

 

高校生の頃にモヤモヤしたものをずっと抱えていて、それが自分でも一体何なのかわからなかった。日本を出てみたことで、そのモヤモヤがある程度クリアになったんです。視野が広がったというか、持てる視点が増えたというのは良かったなと思っています。


 

 

――最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

 

僕は留学してそのまま拠点をニューヨークに移しましたが、たとえ留学後に日本に戻って就職したとしても、海外で得たものは人生経験・人間形成として絶対に糧になります。興味がある人は、是非留学にチャレンジしてほしいと思います。

 

 

<プロフィール>

福永壮志(ふくながたけし)

北海道出身でニューヨークを拠点にする映画監督。2015年に初の長編劇映画となる『リベリアの白い血』(原題:Out of My Hand)がベルリン国際映画祭のパノラマ部門に正式出品される。同作は世界各地の映画祭で上映された後、ロサンゼルス映画祭で最高賞を受賞。米インディペンデント映画界の最重要イベントの一つ、インディペンデント・スピリットアワードでは、日本人監督として初めてジョン・カサヴェテス賞にノミネートされる。2016年には、カンヌ国際映画祭が実施するプログラム、シネフォンダシオン・レジデンスに世界中から選ばれた六人の若手監督の内の一人に選出され、長編二作目の脚本に取り組む。

 

リベリアの白い血』予告編

 

 

映画「リベリアの白い血」公式サイト https://liberia-movie.com/

■東京アップリンク渋谷にて絶賛公開中! http://www.uplink.co.jp/

92日より福永監督の地元 北海道 ディノスシネマズ札幌劇場、ディノスシネマズ室蘭にて公開(初日両劇場にて福永監督舞台挨拶)

99日よりNYで活動していた本作カメラマン、故・村上涼さんの地元 香川県高松ソレイユ2にて公開(初日福永監督舞台挨拶)

916日より名古屋シネマスコーレにて公開(初日福永監督舞台挨拶)

916日より栃木・宇都宮ヒカリ座にて公開

923日より大阪・シネヌーヴォより公開(初日福永監督舞台挨拶)

923日より宮城・フォーラム仙台にて公開

 

 

取材・文/芳賀直美

 


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