外国語学習と外国暮らしが教えてくれるもの【36】
初めて出会った時が忘れられない単語
よく使う単語、例えばchair, fine, slowlyなどを初めて習った時のことを覚えていますか?たいていの単語は、よく使うものであればあるほど、最初にどう習ったか、どんな文の中に出てきたか覚えていないものです。しかし、中には第一印象が強く心に刻み込まれている単語もあります。
“people”という言葉と初めて出会ったとき
“people”という単語もしょっちゅう出てくる単語ですが、私がこの言葉と出会ったのは日常的な文脈ではありませんでした。それは、とても有名な歴史上の一場面とともに心に刻まれました。
… government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.
「人民の人民による人民のための政治は地上から消えることはないでしょう。」
そう、私はリンカーンのゲティスバーグの演説でpeopleという言葉と出会ったのです。それ以来、中学校の教科書でpeopleという言葉が何気なく出てきても、「peopleだ!」と少しドキドキしていたものです。peopleには「人民」以外にも多くの意味があるということは承知していましたが。
他国に渡る英単語“people”
フランスに住んでいた時、フランス人が英語のpeopleをそのまま使うのを耳にしました。しかし、それは元の意味とはかけ離れたものでした。彼らがしばしばある種の軽蔑とともに発音していたその言葉は、「芸能人」と訳すべきもの。しかもその発音たるや、pipoleだったのです!
フランス語にも英語のcelebrity(有名人)に当たる言葉はあります。なぜわざわざpipoleなんて言わなければいけないのか?peopleのことを思うとほとんど許せない気がしました。
フランスでは、「人民」や「国民」、「人々」と言いたいときは、peopleに相当するちゃんとしたフランス語の単語を使っています。「芸能人」と言いたいときだけpipoleなのです。
The Peopleという大衆誌
なぜそうなったのか考えてみると、アメリカの大衆誌The Peopleの存在があるでしょう。主な記事は有名人に関するものです。芸能人の他、オバマ前大統領夫人や故ギンズバーグ最高裁判事、トランプ大統領が表紙を飾ることもあります。
people=「大衆」のための雑誌ということでしょう。
変な外来語はどこにでもある
外来語が元の外国語の意味とは違うものになるという例は、たくさんあります。フランス語が英語に入って意味が変わることも多いです。peopleがフランスでpipoleになったからといって、別に驚くことはないのかもしれません。
日本語の「セレブ」も考えてみれば変な外来語です。celebrityはもともと「有名人」で、芸能人とは限りません。ましてやお金持ちとはかぎらないわけです。有名でもお金持ちではない人もいれば、全くの無名で大金持ちだという人もいるではありませんか。
外来語が意味を変えたからといって、いちいち目くじらを立てる必要はないはず。なぜ私がpipoleにそんなにも反応してしまうかといえば、最初に出会ったあの人が、偉大すぎたからではないでしょうか。
ライタープロフィール●外国語人 | |
英語、フランス語、外国語としての日本語を教えつつ、語学力に留まらない読む力、書く力を養成することが必要であると痛感。ヨーロッパで15年以上暮らし、とりあえず帰国。この世界の様々な地域で日常の中に潜む文化の違いが面白くて仕方がない。子育て、犬育て中。TOEIC®985点 |
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